景色通信Vol.49『伝えつづける昭和』

  • 環境色彩研究会
  • 2013年06月28日

[PDF版はここをクリックしてください]

景色通信Vol.49
『伝えつづける昭和』

今では日本人の3 人にひとりは、昭和のくらしの色を知らないだろう。エキサイティングに物事が誕生しては動いてゆく時代だった。最近のクールジャパン旋風の一翼をになうアニメーション作品も続々と登場した。昭和のヒーロー達は、一様に熱血漢であったと思う。結果ばかりでなく人間味が尊重されて、少々破天荒であっても応援してくれる人々がいた。身体の動きが鈍くなってきたと感じる筆者は、あの頃を思い出すと元気が湧きでる気分になる。けっして古びているわけではなくて、これがあの時代のくらしの色なのだと思う。
豊後高田市で2001 年、わずか9 軒から始めた昭和30 年代の町づくり。それはやがて8つの商店街へ広がってゆき、多くの観光客が訪れる地方都市再生の成功例として注目されるまでになった。町並みや店舗の再生と同時に「昭和の町」には地域の人同士の支え合いの絆があることも、伝えつづけられることを望む。家族や友人とコロッケやらアイスキャンディを食べながら、当時を懐かしんで町巡りをしてはいかがだろう。今後は昭和の名残だけでなく、時間旅行を楽しむ観光客が、長いあいだ滞在できるような仕掛けづくりに発展させて欲しい。あの頃の夕陽を想うだけでなく、地域の人々が一緒に笑い合っていたことも忘れないでいよう。(加藤進久)


懐かしい時代の風景は、訪れる人の心身を若返らせるだろう。


近所での遊びを色々考えるだけでワクワクしたあの頃。


その炭酸飲料を口に含めば、瞼の裏には少年時代が。


出前を待つのは長くても楽しい時間だったと思う。