江戸城・清水門

色風景の詳しい説明

 江戸城北の丸(現・北の丸公園)の東門です。高麗門と渡櫓門からなる枡形門は、江戸時代のものが現存し、国の重要文化財になっています。  写真は渡櫓門を城内から見た現在の姿です。清水門という名の由来は、家康入府で江戸城が築城される以前、中世には清水寺が建っていたとか、清水が湧き出す土地だからともいわれ定かでありません。  1624(寛永元)年、安芸広島藩主・浅野長晟(あさのながあきら)により建てられた枡形門が最初です。渡櫓門の上部(渡櫓部分)は、時期は不明ながら撤去されていたものを昭和36年~41年度の修理で復旧整備したものです。  牛ヶ淵(うしがふち)と清水濠を分かつ土橋を進むと高麗門。高麗門を入ると正面に石垣、左側は清水濠に面しています。右側は石垣を積み櫓門という防御態勢です。江戸城の中では比較的人影が少ないので、往時をイメージするには絶好の場所となっています。  高麗門の肘壷(ひじつぼ)金具の銘に、「万治元年」(1658年)と刻まれていますが、江戸城が焼失後、総曲輪の大工事を行なった際に清水門を修復しました。その時に付けられたと推測できます。皇居東御苑の門と異なり石段も現存しています。

"美しい"と感じる理由や思い出

 都心に存在する巨大な江戸城の面影が実感される遺構は城門と、僅かに残る櫓だけです。
 戦国時代の城の防御の形式が見て取れ、城を守るというロマンが感じられ、出入り口の規模と格式に言い知れぬ美を感じます。中世日本の建築美が東京に現存する幸せも感じることができます。
 渡櫓門の上部(渡櫓部分)は、時期は不明ながら撤去されていたものを昭和36年~41年度の修理で復旧整備したものですが、石垣の上から高麗門を見下ろすことが出来、江戸時代の城門の機能を最も強く感じることできるのが清水門です。

色風景に出会える時期

いつでも

色風景に出会える場所

東京都
東京都千代田区千代田

居住経験

なし

主要な色彩

白, 黒, グレー

推薦者

永田泰弘

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