[PDF版はここをクリックしてください]景色通信Vol.38
『東寺の面影』
京都駅を走り出す下り新幹線から見える五重塔。日本一の高さを誇る木造の仏塔がある東寺を参拝した。これまで東京を出発して京都を訪れるたび、中央口から四条河原町方面を意識することが多かった。反対側の八条口方面にも名所はあるのだろうか。観光ガイドブックで紹介されることは少ないかもしれないが、1200年前の平安京がつくられた時代の上洛ルートを想像してみよう。南を流れる鴨川に設けられた鳥羽港、そこから人々や陸揚げされた物資のほとんどは羅城門をくぐって都を目指した。当時はこちらが玄関口であり、西国や海外へ向かう出発地でもあったのだ。時の流れとともに地形や水系はだんだんと変化する。通りを行き交う人や商店の多さ、交通環境などで景観も変わりゆく。マイペースで旅をする歩行者視点と、便利で時間効率のよい自動車からの視点で考えるまち並景観が、共存していくためにはどうすればよいか。まちの開発は、鉄道や幹線道路が分水嶺になることが多い。昔からその地で営まれていた生活や文化史を、もっと後世に伝える方法を考えていかなければいけない。現代の情報通信の技術をもってすれば難しいことではないだろう。経済性や安全性とともに、日本人の感性を共有することから始めたい。(加藤進久)
京都駅近くを走る車窓から眺めることができる五重塔
僧の修行の場である食堂が見える
聖地と俗世界との境となる荘厳な南大門
外堀には鷺と亀が仲良く共存している
[PDF版はここをクリックしてください]景色通信Vol.37
『斑鳩の里をゆけば』
イカルという鳥が群れ集う里へ政治の中心地である飛鳥から、まさに渡り鳥のごとく移住した聖徳太子。私たち世代には、最初の一万円札の顔としてなじみ深いその偉人とは、どんな人物だったのだろう。
時折細かい雨を受けながら訪れた法隆寺。世界最古の木造建築として、遠くギリシャの影響を受けた中国の様式を伝えたものだ。当時は金色に輝いていた本尊の仏像や鮮やかだった壁画。時の流れとともに色調は落ち着いた色に変わっているが、その黒光りする色艶からは、人間の温かささえ感じることができる。
聖徳太子が母を弔うために建てた日本最古の尼寺、中宮寺の弥勒菩薩半跏像(国宝)は、エジプトのスフィンクス、ダ・ヴィンチのモナリザと並んで「世界の3微笑像」とされている。たいがいの旅人はその微笑みにふれるだけで、心身がほぐれて、慈悲深く考えることの大切さを心に刻むだろう。
粘土を棒で突き固めたクリーム色の築地塀には、何層もの境界線が確かめられる。塀に沿って歩いていると、当時にタイムスリップしたような気分になる。この辺りの景色はすでに、正岡子規の生きた時代にはセピアトーンだったはずだ。侘び寂びの世界でしばらく想いをめぐらしていたら、オレンジ色に輝く柿でも食べたくなった。しかし今でも不思議に思うことがある。聖徳太子はどうして皇位につけなかったのだろう。(加藤進久)
仏教美術の入り口、南大門をくぐる
どっしりと落ち着いた佇まいが圧巻
慈悲深く穏やかな微笑みに見とれる
築地塀には土地の温かみがこもる
[PDF版はここをクリックしてください]景色通信Vol.36
『外国人だったら』
これまで生活してきた日本の地域の中で、移り住んでみたいところはどこだろう。南北にのびた日本は、地域によって文化がかなり違う。生まれ育った東京以北から関西以南への地域移住には、大きな環境変化をともないそうだ。最近になって、もしも自分が外国人として生まれていたら、京都近郊に住んでみたいと考えることがある。なぜかといえば、まちの色に落ち着きや地味さがあり、自然の豊かさや伝統の大切さを、日々の暮らしの中で感じることが多いように思うからだ。若者文化や流行のみに傾倒しない、成熟した大人の文化をあきらめない心意気か。グレー系やモノトーンを大事にしているから、スポットカラーも活かしやすい。広告看板などは厳しいルールで管理されるようになると、四季の味わい深い自然の色も尊重されるようになってゆく。秋の古都周辺では、紅葉という繊細な日本の美が、それを愛でる者を癒しながら無心の境地へと誘ってくれる。それらは、もてなしへの心配りあるこの地を訪れた観光者と生活者双方にとって好ましい。また、昼と夜とで別々の顔を見せる風景は、河原のせせらぎとともに訪れる人々を虜にして、気分を高揚させる仕掛け効果にあふれている。回遊性という空間プロデュースは、遥か昔の町づくりにも活かされていたようだ。そういえば京都とパリは姉妹都市の関係にある。かの地を訪れた時にも、モノトーンの世界に個性的な色彩を取り入れるのが上手いと感じることが多かった。(加藤進久)
おもてなしの玄関、活気ある京都駅ターミナル
夜陰のせせらぎとほのかな灯りに眩惑される
パリと京都市は姉妹都市。モノトーン系が感性をくすぐる
[PDF版はここをクリックしてください]景色通信Vol.35
『仲間川で考えた』
昨年の12月上旬に西表島に旅行して、仲間川のマングローブ林を遊覧船に乗って見物する機会があった。仲間川の河口から上流にかけて、両岸にマングローブ林が形成されて、「仲間川天然保護区域」に指定されている。陸上には道路がないために、川面から観光する仕組みで平底の船が運航している。
マングローブ林は熱帯と亜熱帯の海水と淡水が混ざる汽水域の遠浅の水域に発達するマングローブ植物の林で、水質の浄化と豊かな生態系を育む命のゆりかごになっているが、その脆弱な林は常に破壊に直面している様子が船上からも見て取れた。
仲間川のマングローブ林は、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキやサキシマスオウなどの呼吸根、支柱根、板根などをもつ木で構成され、塩分濃度などの条件で棲み分けているとのこと。
下流に入り真近に川岸が見えるようになると両岸に根こそぎ倒れた成木が多数目に入ってきた。台風や洪水により倒れた木からは根が浅く倒れやすいことが見て取れる。この美しく有益な自然がいかに壊れやすいかを改めて認識することになった。環境色彩の面から自然林の緑は貴重であるが、簡単に壊れて行くことに対し、気候の変化、人的な開発行為などに対応する方法を慎重に考えなければならないこと、都市開発においても、手入れの簡単な外来樹種に頼ること無く、その地方の在来樹種を復活することで、本来の生態系を復元していかなければならないと、この旅で考えた。(永田泰弘)
新芽も見える美しいマングローブ林
水辺の倒木
倒木の中のサキシマスオウ
サキシマスオウの巨木